~実践から考えるインクルーシブ教育~

2018年3月4日 12時05分 | カテゴリー: まちづくり, 人権, 子ども・教育, 市民自治, 活動報告, 福祉・医療

2月に開催された、「就学時健診を考える府中市民の会」主催の講演会について紹介します。

○特別支援教育とインクルーシブ教育

・「特別支援教育」:既存の学校文化に馴染まないから特別に支援してあげる教育(学校側は何も変えるつもりはない)、馴染めるようになったら戻ってきていいよ

・インクルーシブ教育:障害の有無にかかわらず、その子に会った教育を提供する そのニーズに合わせ、「合理的配慮」を行う教育(学校側がニーズに合わせて変える)

 

○文科省の唱えるインクルーシブ教育はインクルーシブ教育システム

・インクルーシブ教育システム:通常学級、通級指導学級、特別支援学級(固定)、特別支援学校といった「連続性のある多様な学びの場」を提供することにより“授業内容がわかり参加している実感を持ちながら充実した時間を過ごし、生きる力を身に着ける”ことが本質的な視点の教育(ICFモデル:環境の調整や工夫により障害を起因とする困難な状況を改善 特別支援教育となんら変わらない むしろ分けた先の場が充実してしまう危険性)

・本来のインクルーシブ教育:分けずに、通常学級を多様性のある学級にしていくこと(障害者権利条約モデル:地域で育つ、人権を尊重するあたりまえの保障)その方が差別・偏見のない社会を作れるのではないか

・診断する学校:医療につなげることが教員の使命になっている

肢体不自由、自閉症、ADHD、聴覚障害など分けられ、通常学級には定型発達している子どもだけしかいられないようにしている

教員の業績評価のための自己申告書で数値化を求められることで、数値化しやすい授業規律をはじめとする規律を守る目標になりがち

社会全体も規律を守ることに厳しくすることを望む風潮がある

業績評価の結果で給料に差がでる 規律ある学級づくりの障害となりそうな子は「インクルーシブ教育」の名のもと「合理的に排除」できる構造

・授業のユニバーサルデザイン化、校則、学校スタンダード、学校文化:ものさしをつくることが線引きの基準になる

・個別指導計画:定型発達ってそもそもなんだ?

 

○保護者に対する圧力

・不安をあおる入学説明会、日本独自の就学時健診

・謝罪する保護者:保護者会で謝罪させられる

・通級指導学級を考える:籍は地域の学校の普通学級におき、設置されている学校に週数日通うかたちだったが、全校に特別支援教室が設けられることにより保護者も入れることに抵抗がなくなる

教員は通常学級にいられるように支援をしても無理だから、特別支援教室や特別支援学級、特別支援学校に行った方がよいと信じている

 

○道徳の教科化という障壁:インクルーシブ最大の障壁

・教科書、評価がある:子どもは教科書に書かれていることは絶対正しいと受け止める、内面に介入しない評価ができるのか

 

○実践から考えるインクルーシブ教育の可能性:学校文化はマイノリティーにとっての障壁

・号令:じっとしていることが苦手な子にはただの拷問 すっと始め、チャイムと同時に終わればよい(合理的配慮)授業に集中させたければ聞きたくなる授業を提供すればよい

・整列:軍事教練、じっとしていられない子が目立ってしまい“できない子”のレッテル

・性差:整列・名簿・呼び名・色など性別の決めつけは性的マイノリティーにとって傷

・一人称:先生という呼び方の強制、ともに学び合う存在であるのに教員を勘違いさせる

 

・学校が必要な合理的配慮を提供せず、自己責任の名のもとに家庭に任せているのがほとんど

・担任が子どもの行為ではなく、その子自身を知ろうとすることが必要

・担任の見方が変わるとクラスメイトのその子に対する表情が温かくなる

・さまざまな場面でクラスメイトが、その子が参加しやすい工夫をするようになる(児童による合理的配慮)

・子どもたちが自ら話し合うことで学級が誰もが過ごせる場に

 

学校文化にとらわれることなく、「排除しないために何ができるのか、できないのであれば何が足りないのか」と向き合うこと。この視点を忘れずに、「インクルーシブ教育」という言葉がなくなるくらいそれが当たり前の教育現場をつくる。担任だけで頑張ろうとせず、クラスメイトという素晴らしい人手と地域とともに。

 

講演者は、多摩地域の現役の小学校教員です。今回の講演会は現場で実践しているお話を伺えるという点で貴重な機会であると同時に、ご本人にとっては大変勇気のいることではないのかと思っていました。ご本人は正しいことをあきらめずに言い続けることが大切だと、日頃から同僚の教員や編集委員としてかかわる雑誌をとおして広く訴えておられることがわかり、その心意気には強い信念を感じました。

また、保護者だけでなく、自ら関わっている子どもが入学後心配だという保育士や幼稚園教諭の方も多く参加されていたことに、子どもの育ちを真剣に考えてくれる方々が現状を知らされていないこともわかりました。

先日視察した大阪市立大空小学校は、だれもが地域の学校で学ぶことを当たり前にしていました。参加者で特別支援教育の研究者からは、「大阪では当たり前になっていて、都内の学校を視察し、その違いに驚いた」との発言もありました。