支え合いのシステム転換

講演中の宮本太郎氏

 税と社会保障の一体改革として、消費税の導入とともに、給付の削減という国民の痛みを伴う改革が進められている。この2015年の改革をどう受け止めるかというテーマで、元北海道大学教授で現在中央大学教授の宮本太郎氏の講演会に参加した。

今回の講演を通して、今後の目指すべき社会保障全体の方向性が見えてきたように感じた。

 

当初の理念はどこへ?

自民党麻生内閣時代の『安心と活力の日本へ』から、民主党政権の「安心と活力の社会保障改革」へと引き継がれたが、実施する当事者である自治体の声を全く反映していないだけでなく、適正に使われる保証がないとして、地方単独事業が評価されず予算がつけられないという、当初の方針とはだいぶ違うものとなってしまった。

そもそもこの改革は当初、全世代対応型社会保障として支える側を支える社会保障改革、自立して働くことを支えていくことをめざして、自治体が実施するという趣旨であった。

また、負担については総合合算制度という、上限を設けた上ですべての負担を家計ごとに集約して決定するものとするはずだった。

医療改革も当初は急性期の看護、医師を手厚くし、早期退院をめざすはずだったが、混合診療と負担増のみとなった。

機能強化は見えず、消費増税は法人税減税などで相殺、負担増のみ目立つ。

自治体が主体となる改革なのに、議論に直接加われずとなっている。

今回の改革では、次々に自治体に新しい課題(介護保険改革、生活困窮者自立支援、子ども子育て支援)が投げられてくる。

 

迎え撃つ自治体はどうすべきなのか

国が示している内容は、いずれも財政政策に偏っている。制度展開に対して本来の理念、共生の支え合いのシステム転換であることを呼び戻し、国にボールを投げ返す必要がある。

これまで全く関連のなかった福祉と雇用といった行政の縦割りの壁を越えて、たばねて総合的に支援し、社会的包摂の拡大をはかり、支援される側を活力に変えていく。

労働条件のみならず、地域づくり、まちづくりの軸になっていくという喜びと実感である

やりがいを得ることができる条件づくりを追及していく。

そして、足りないことがはっきりわかったら補助金のつけ方を含め、国に要求するべきである。

 

これまでの社会保障のありかたの解体

日本がこれまで、福祉支出が少なくてもやってくることができたのは、正規雇用世帯が中心で家族による福祉があったからだ。しかし現在では、非正規雇用で家族を支える世帯が38.2%となったうえ、雇用の安定も失われている。現役世代は大学進学率が55%にもかかわらず、そのうちの24%が非正規雇用である。30代前半の非正規で結婚しているのは3割。特に単身女性の3人に1人が相対的貧困である。

こうした状況の現役世代の現状を考えると、肩車すら困難な状態である。しかも支える側の高齢者の単独世帯化、低所得化に加え、認知症800万人時代に入る。生活保護世帯140万、受刑者7万人の現在、現役世代にも支えられる側に移行する人が急増している。

しかも貧困の連鎖は相変わらず続いている。60歳で取り違えが判明し、訴訟となった最近の事案でも、生まれた世帯により将来が決定してしまうことが実証されてしまった。ある自治体の調査によると現在の保護世帯のうち、親も保護世帯であった割合は全体の25%、母子世帯では40%に上ることが確認された。

 

それぞれの地域での生活継続の困難さ

最近衝撃を呼んだ「消滅自治体」では、現役世代のとくに女性の困難が地域の持続性につながることが明確になった。地方での人口減少は福祉・医療での雇用の拡大も困難になり、逆に都市圏に集中する後期高齢者は「ふるさと特養」と地域包括ケアに頼らざるを得ない状況になってくる。一方、働く場が減り、地方から現役世代の女性が都市圏に流入したとしても、最低でも一人2800万円といわれる子育ての実費と子育てにより仕事を中断せざるを得ないことにより失う費用が大きいため、女性が子どもを産めない、産まない状況が続き、さらに人口減少は加速する。

 

社会保障を新しいかたちへ転換する必要

年金、介護、医療、生活保護のコスト削減にのみ改革が集中しているが、もともと海外に比べこれらが多いというわけではない。まずは「支える側」を支えていくこと、次に支えられる側をアクティブにしていくこと、これまでの土建国家から、保健自治体における地域包括ケアへの転換を図り、ここでの新しい雇用を生み出すべきである。

しかも、「支える側」が完全な支え手というのは虚像であり、だれしも何らかの困難を抱えているのが現状である。すなわち、皆がグレーゾーンにいるということであり、ともに生きるための支援とやり直しがきく保障が必要とされている。これは、「支える側」と「支えられる側」という二分法と、障がいなどの「カテゴライズ」の無意味さを示している。当事者が本当に自分にとって必要なものを試行錯誤しながら選択できることを保障することが必要だ。

 

子ども・子育て支援のダイアモンド効果

まず、子ども・子育て支援を軸に支える側を支えることが必要だ。女性の就業により、経済的な平等が男女平等を支え、出生率の上昇を促すであろう。これはひいては将来世代の力を強めることにつながる。保育の質や放課後の居場所の保障が子どもの育ちを支え、子どもが力を蓄えることにつながる。さらに貧困の連鎖の防止は、すべての子どもが力を蓄えることにつながっていく。

女性支援においては、社会的分断の中で連帯が困難となっている。これまで男性稼ぎ主の正規労働と主婦・学生のパートアルバイト労働が主体だった時代から、男性の正規労働男性の正規労働+女性の正規労働、男性の正規労働+専業主婦の無償労働と短時間パート労働、非正規シングルマザーという階層に分けられ、女性はその立場の違いによりさらに分断が生まれている。

配偶者控除の見直しがまた見送られたが、この控除が賃金の上昇圧力になっているのは明らかである。ただし、これを廃止して終わりということではなく、この控除が生活保障の役割を果たしていることを考えると、基礎控除に置き換えることで生活保障を維持しつつ、廃止する必要がある。

 

支えられる側をアクティブに

支えられる側をアクティブにしていくことについては、特に高齢男性の社会参加と雇用を進めることが効果的だ。地域包括ケアシステムにおける地域支援事業で高齢者の生活支援とともに高齢者、若者の就業の拡大を図っていく。

また、生活保護受給者のうちのその他世帯の増大については、生活困窮者自立支援法における相談事業、就労準備支援事業など、自治体の役割を拡大していく。また、地域の力で障害者や高齢者の居場所である地域サロンと支援つき住宅を運営していく。

生活困窮者自立支援における必要とされる機能は大きく分けて、就労支援や家計再建支援などによる就労による自立と寄り添い支える社会的自立である。

地域包括ケアは在宅中心のサービスを進めるものだが、住み続けることができる住宅確保が困難になっている。空き家を活用し、生活支援つき住宅が求められる。その生活支援労働を就労に困難を抱えている人が担う。こうした、地域包括ケアの中で困窮者支援とつなげていくことが必要だ。

そして、これからは自治体がこれまで国の事業としてきた雇用分野に乗り出す必要がある。中小企業は人手不足であり、雇用の調整を行い、サポートが必要な人の身元保証をすることで働いてもらうことができる。

 

雇用と社会保障の連携で支える側と支えられる側という分断をなくす

何らかの困難を抱えている人が大多数になっている今、支える側=完璧な人、支えられる側=支援を一方的に受ける人ではなく、誰しもが支えられる人でもあり、支える人にもなることが必要ではないか。

一人ひとりの雇用を支えるために、現在の社会保障制度だけでなく、もっと広い意味での社会保障として、学びなおしや家族の支援、職業紹介、高齢者や病気を抱える人への支援を作っていく必要がある。

 

国、自治体、市民による分担

それぞれ国、自治体、市民が分担できるのではないか。学びなおしについては、無利息の奨学金制度、生涯教育の推進、フリースクール、家族の支援については育児・介護休業制度、子ども子育て新システム、子育て支援団体による支援、職業紹介については労働市場政策、無料の職業紹介事業、民間団体による寄り添った生活支援、高齢者や病気を抱える人への支援については在職老齢年金制度、高齢者就労支援と地域包括ケアを支える社会参加のしくみ、高齢者協同組合などのそれぞれによる分担ができるはずだ。