ケアと編集 ~人を変えたりしない直したりしない~

こういう社会を作ることをめざして
関係性が想像できない2つの言葉が気になって購入したのですが、読み進めるにつれ「これは生活者ネットワークの政策の根底につながる」と感じました。医学書院という出版社で編集のお仕事をされていた白石正明さんの著書「ケアと編集」(岩波新書)を紹介します。
◇ケアとは
・今を少しでも楽にする、痛いことはしない、この場にある不快を除去する
・自分の身は自分で守るという自立志向や、最小のインプットで最大のアウトカムを得ようとする効率志向に反している
◇意外に遠い福祉と医療
・医療は国家資格になってから長い歴史があり、具体的な技術がその資格の核にある
・医療が扱う対象は「肉体そのもの」:その人の性格の善し悪しや、貧富の差、どんな世界でどんな暮らしをしているか無視できる=客観性ベースの世界
・福祉の世界では、逆にどんな生活をしていてお金をどれくらい持っていて、周囲の人からどう扱われているのか、本人のニーズは何か=関係性ベースの世界
◇儲けている作業所:べてるの家(北海道浦河町)
・精神科を退院した当事者がつくった地域活動拠点
・精神病でまちおこし、昆布も売ります、病気も売ります
・べてるまつりでの幻覚&妄想大会:患者同士が生き生きと幻覚妄想について話す
⇒自助グループで当事者同士が自分の話をする「言いっぱなし、聞きっぱなし」で回復、病気が治るというより人間として立ち上がっていくプロセス
◇戦わずにさっさと逃げる=非援助論
・幻覚や幻聴をなくすのではなく、少量の薬を飲みつつ幻覚や幻聴を交渉相手にする
・否定も肯定もしない、幻覚や幻聴がそのままでも輝くことができる環境を探す
・やがて環境が本人を変えていく
◇弱さや克服すべきと思っている問題に別の光をあてることが編集
・弱いロボット:ゴミ箱ロボットはごみを見つけることはできるが自分で拾えず、まごまごしていると通りかかった人がごみを放り入れてくれる=他者を巻き込む力がある
・依存症は依存が足りない:依存症の人は依存先が1つか2つと乏しい人のことであり、自立は依存先が分散されていること
・人を信じる/信じないの二項対立ではなく、「ちょっと」信じることから始める
◇生体は善き方向に進む(ナイチンゲールの看護覚え書)
・病気は回復の一過程:毒されたり衰えたりする過程を癒そうとするもの
・生体は回復の方向に向っているが、それを邪魔する要素が多くてうまく回復に至れない
◇ケアと編集の共通点
・その人の傾きを正すのではなく、むしろ強調することによって魅力にしてしまう
・そのものが魅力になるような背景をどう整えるか
◇原因に遡らない思考
・現時点から過去に遡って原因を探るのではなく、現時点から未来に向って何かを作り上げていく=医療モデルから社会モデルへ
◇同じと違う
・発達障がいの人たちは見えている世界が違う:人の顔なら目や鼻など一部分に、マンホールなら模様に目を奪われる⇒違う世界を見ているため、簡単に話が通じないのは当然
・トラウマをめぐる時間感覚:複数の時間が輻輳し、逆流したり合流したりして、日常生活の錯乱要素となるケースもある
・躁鬱病:躁と鬱の両極端をひとりの中で成立していることの戸惑いと苦しさを抱える人
・ケアのあり方も調和という暴力にさらされることなく、違ったままでそこに居られることをめざす
◇蘭の花のように
・植物状態になっても患者を一方的に哀れむのはやめて、ただ一緒にいられることを尊び、蘭の花を育てるように大事に守ればいい
・「する」という能動性の一切を奪われた状態だが、周囲の人たちの能動性の一切を引き受ける器になっていく
この本の内容が十分に理解できたかと問われれば、とうてい十分とは言えないですが、幻覚の方のお話は以前視察で精神科の患者さんから直接伺ったことがあります。SF小説よりもリアルでつじつまも合っていて、本当に見えて聞こえているとしか思えず、話に引き込まれて気づいたら30分も経っていたと記憶しています。
だれもがそのままで居ていいと思える社会になればと考えます。

